東京地方裁判所八王子支部 平成元年(わ)423号 判決 1990年4月23日
主文
被告人Yを懲役一〇年に、被告人Xを懲役五年に処する。
未決勾留日数中、被告人Yに対しては三七〇日を、被告人Xに対しては四〇〇日を、それぞれその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人Xは、昭和五〇年に高等学校卒業後、東京都青梅市<住所省略>所在の青梅信用金庫に入り、同金庫本部経理部為替係に配属され、昭和五四年ころの組織変更に伴い同本部事務集中部事務集中課為替係として勤務し、入庫以来当初から引き続き内国為替業務等の事務を処理していたもの、被告人Yは、昭和六〇年三月ころ被告人Xの実弟Aを介して同被告人と知り合い、これと親密な関係にあったものであるが、被告人両名は、共謀のうえ、
第一 被告人Xが内国為替事務を処理するに当たっては、誠実にその職務を執行しなければならない任務があるのに、自己の利益を図り、かつ、同金庫に損害を加える目的をもって、別紙一覧表(一)(省略)記載のとおり、昭和六〇年六月一二日から昭和六二年四月二三日まで、前後一六回の機会にわたり、いずれも前記事務集中部において、被告人Xがその任務に背き、同金庫オンラインシステムの端末機をほしいままに操作し、実際には振込依頼を受けた事実がないのにもかかわらず、被告人Yが東京都港区六本木<住所省略>所在の株式会社住友銀行赤坂支店六本木出張所ほか二行に設けていたAほか四名名義の各普通預金口座に対し、同表加害金額欄中の日付別合計額欄記載の各金額の振込があった旨の通知を二回ないし一〇回に分けて発信又は予約発信し、同表記帳年月日欄記載の日に、これを受信した全国信用金庫連合会等が運営する全国信用金庫データ通信システム並びに社団法人東京銀行協会が運営する全国銀行データ通信システムを介し、右各普通預金口座の元帳に同表加害金額欄中の各振込金額欄記載の各金額を入金記帳させて財産上不法の利益を得、同表決済年月日欄記載の日に、同金庫が為替決済取引契約を締結している右全国信用金庫連合会東京営業部に設けている同金庫の為替決済預け金口座から、為替貸借決済金として同表加害金額欄中の日付別合計額欄記載の各金額を引き落とさせて決済させ、もって同金庫に同額の財産上の損害をそれぞれ加え、
第二 被告人Xにおいて、別紙一覧表(二)(省略)記載のとおり、昭和六二年一二月一四日から昭和六三年一一月一〇日まで、前後五回にわたり(ただし、その一回目は、順次四回に分け操作)、いずれも前記青梅信用金庫事務集中部において、同金庫オンラインシステムの端末機を操作して、同金庫本部電算部に設置され同金庫の預金残高管理、受入れ、払戻し、為替電文の発・受信等の事務処理に使用されている電子計算機に対し、実際には振込依頼を受けた事実がないのにもかかわらず、被告人Yが株式会社三菱銀行六本木支店ほか一行に設けていたBほか三名名義の各普通預金口座に同表振込金額(利得額)欄記載の各金額の振込があったとする虚偽の情報を与え、東京都港区<住所省略>所在の信金東京共同事務センター事業組合に設置されている全国信用金庫データ通信システムの電子計算機、これに接続されている東京都千代田区<住所省略>所在の全国信用金庫データ通信センターに設置されている同システム及び全国銀行データ通信システムの電子計算機、これに接続されている同所在の全国銀行データ通信センター東京センター又は大阪府大阪市<住所省略>所在の全国銀行データ通信センター大阪センターに設置されている同システムの電子計算機、更にこれに接続されている同表記憶装置の設置場所欄に記載の場所に設置されている電子計算機に接続されている記憶装置の磁気ディスクに記憶された右各普通預金口座の預金残高を同表犯行後の預金残高欄記載の金額として財産権の得喪・変更に係る不実の電磁的記録を作り、よって、同表振込金額(利得額)欄記載の金額相当の財産上不法の利益を得たものである。
(証拠の標目)<省略>
(弁護人の主張に対する判断等)
被告人Yの弁護人は、同被告人には信用金庫の電子計算機処理システム(以下「オンラインシステム」という。)に関する初歩的知識もなく、本件各犯行の謀議をなし得るに必要な基本的知識を欠いていたとして、同被告人に本件各犯行の共同正犯が成立することにつき疑問を提起している。そして、被告人Xの弁護人は、被告人らの本件各犯行は、単一の意思の下に反覆継続してなされた同種の犯行であって、全体が包括的一罪を構成するものであり、平成元年三月三日以降になされた本件各追起訴は、いずれも本起訴と二重起訴の関係となり、その公訴を棄却すべきであり、また、被告人Xは、被告人Yから暴行脅迫を受けてやむなく本件各犯行を実行するに至ったものであり、被告人Xには適法行為の期待可能性が存在しないから、同被告人は無罪であると主張する。そこで、以下、これらの点についての当裁判所の判断を示すこととする。
一 まず、被告人Yの共同正犯の成否については、関係各証拠によれば、同被告人は、振込先の預金口座を自ら開設しており、オンラインシステムの具体的操作方法や仕組みについての正確な知識まではなかったにせよ、被告人Xが信用金庫のオンラインシステムの不正操作をして本件各振込をするという認識は有していたことが認められ、本件の背任罪はもとより電子計算機使用詐欺罪についても、その構成要件的事実の認識としては十分であって、被告人Yには本件各犯行の共同正犯として欠けるところはないというべきである。
二1 次に、本件各犯行の罪数について検討するに、関係各証拠によれば、確かに、被告人両名は、当初の段階で本件犯行方法につき謀議をなし、各犯行はいずれも基本的にはほぼその当初の謀議どおりの方法により行っていることが認められる。しかしながら、右証拠によれば、被告人両名は、当初は多くとも数千万円程度の不正振込を企図していたもので、最終的に不正振込が九億七〇〇〇万円もの莫大な額になることまでは被告人両名共予想していなかったものであり、また、本件では各犯行日の直前ころにいつも被告人両名の間で電話等の方法により具体的な振込額等についての謀議がなされていることも認められるのであって、右各事実からは、本件全体が単一の意思の発現として行われたとは到底認められず、したがって、本件全体が包括的一罪を構成するものではないと解するのが相当である。そして、右のとおり、各犯行日毎にその都度、謀議がなされており、更に、右証拠によれば、同一犯行日に振込が数回に分けてなされたのは、同一口座に一度に多額の振込がなされることになるのを防ぐためなど便宜的な理由に過ぎないものと認められることなどから、本件各犯行は、同一犯行日になされた数回の振込をもってそれぞれ包括的一罪を構成し、犯行日が異なれば別罪を構成するというべきである。
2 次に、被告人Xの適法行為の期待可能性の有無について検討するに、被告人Xは当公判廷において、被告人Yが本件犯行に先立ち、昭和六〇年五月二六日ころ、被告人Xに対し自動車内で怒鳴りつけ顔面を殴打したり、頭髪をつかんで揺さぶるなどし、「警察に行きたければ、行ってもよい。警察は一生お前のことは面倒みてくれない。俺は刑務所に入ったって、刑期が終わって出てくれば、お前だけでなく親兄弟、親戚すべてを地獄に送ってやる。今ここに硫酸を持っている。これをお前にかければ俺の気は済む」などと申し向けた後、同被告人をいわゆるモーテルに連れ込み、全裸にして写真を撮ったうえ、後日、同被告人が被告人Yの意に背けば、この写真を他に公開すると申し向けたり、同月三一日ころには、モーテルにおいて、全裸の被告人Xの頭髪をつかんで引き回し、多数回蹴りつけるなどした後、更に、被告人Yの居室において、被告人Xの弟Aの面前で、同被告人に包丁を突き付け「殺してやる」などと怒号するなど、数多くの暴行脅迫を加えられた旨供述しており、この供述は大筋において信用できると考えられるところ、これらの暴行脅迫が、被告人Xをして本件各犯行を実行せしめるについて、影響を及ぼしていることは否定できない。しかしながら、被告人Xは、当時、青梅市内の自宅で両親と生活を共にしながら、勤務先の判示青梅信用金庫本部に通っていたもので、常時、被告人Yの監視下にあったわけではなく、被告人Xの供述するような右暴行脅迫の態様からみても、これがために、被告人Xにおいて、本件につき適法行為にでることが期待できない状況にあったとは考えられず、他方、この暴行脅迫から長期間経過した後も被告人Xは犯行を継続しており、その犯行動機は右暴行脅迫のみによっては説明し尽くすことはできないのであって、むしろ十分に自らの判断に基づき、その行動を選択し得る立場にあったものというべきであるから、被告人Xには、当時、適法行為にでることの期待可能性があり、その刑事責任を認め得るものと考える。
以上の次第であって、弁護人の各主張はいずれも採用しない。
(被告人Yの累犯前科)
被告人Yは、昭和五二年一〇月四日盛岡地方裁判所水沢支部で詐欺罪により懲役四年に処せられ、昭和五六年七月二九日右刑の執行を受け終わったものであって、右事実は検察事務官作成の昭和六三年一一月一六日付前科調書によってこれを認める。
(法令の適用)
被告人両名の判示第一の各所為は別紙一覧表(一)の番号毎にいずれも刑法六〇条、二四七条、罰金等臨時措置法三条一項一号(被告人Yについては更に刑法六五条一項)に、判示第二の各所為は別紙一覧表(二)の番号毎にいずれも刑法六〇条、二四六条の二にそれぞれ該当するところ、被告人両名につき判示第一の各罪について各所定刑中いずれも懲役刑をそれぞれ選択し、被告人Yには前記の前科があるのでいずれも同法五六条一項、五七条により同被告人の判示第一別紙一覧表(一)番号1ないし13の各罪の刑にそれぞれ再犯の加重をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、被告人両名についていずれも同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第二別紙一覧表(二)番号1の罪の刑にそれぞれ法定の加重をした各刑期の範囲内で被告人Yを懲役一〇年に、被告人Xを懲役五年にそれぞれ処し、いずれも同法二一条を適用して各未決勾留日数中、被告人Yに対しては三七〇日を、被告人Xに対しては四〇〇日をそれぞれその刑に算入し、訴訟費用は、いずれも刑事訴訟法一八一条一項ただし書をそれぞれ適用して被告人両名に負担させないこととする。
(量刑の理由)
一 本件は、判示のとおり、青梅信用金庫に勤務していた被告人Xとこれと親密な関係にあった被告人Yとが共謀し、同信用金庫から、約三年五か月の間に、延べ七三回にわたり合計九億七〇〇〇万円もの巨額を被告人Yの設けた銀行口座に不正に振り込ませて、同信用金庫に損害を与え、自己らが利益を得たという事案である。
その犯行の手口は、具体的方法については多少の変遷があるが、基本的には、振込手続に他人の手が全く介在しないというオンラインによる電信為替送金のシステムを悪用し、不正の振込発信をした後、その発信に見合う種々の架空の伝票類を擅に作成し、これに役席者の検印を盗捺するなどして不正の発覚を免れるという綿密かつ巧妙に計画されたものであり、その結果、九億七〇〇〇万円という金融史上ほとんど類を見ない程の巨額の財産的損害を青梅信用金庫に与えただけでなく、本件が報道されたことにより、同信用金庫の信用が著しく失墜したほか、金融機関等が採用するオンラインシステムの信用性それ自体についても民衆に不信感を抱かせるなど社会全体に及ぼした影響も大きく、また、同信用金庫の内部では、被告人Xの直属の上司が、その監督責任を取らされ事実上の解雇処分となり、長年築き上げてきた信用金庫職員の地位をも奪われるなど本件は内外に限りないほどの有形無形の損害を及ぼしているのであって、犯情は極めて悪質である。
なお、本件犯行は、振込手続に他人の手の介在を全く必要としないオンラインシステムに内在する弱点を巧みに衝いて行われたものであるが、本件不正振込が、約三年五か月の長期間にわたり、合計二一回の機会に延べ七三回にわたり多数回累行され、その損害額が前記の巨額に上った理由としては、犯行が巧妙であったことのほかに、為替係の経験が豊富な被告人Xを安易に信頼し過ぎた信用金庫側の監査体制や人事体制に甘さがあったことは否めない事実であり、例えば為替精査票の個別チェックや一〇〇万円以上の高額振込の際に必要な役席者キーの管理などについて信用金庫側が規定どおりの監査を行っていれば容易に発見できたものと考えられ、その損害が拡大した一因は被害者の信用金庫側にもあったというべきであり、その意味で被害者側に落ち度が認められるが、被告人両名はこの被害者側の体制を逆手に取って不正を行い現実に巨額の利益を得ているのであって、この被害者側の落ち度が被告人両名の刑事責任に及ぼす影響については、これを過大に評価すべきではないというべきである。そして、本件では、不正振込がなされた九億七〇〇〇万円のうち、九億一〇〇〇万円が現実に口座から引き出されて、その大部分が費消され、現存していたのは、被告人Yが仮名口座等に入れていた一七〇〇万円足らずと、不正振込金で購入した自動車程度であり、被害弁償としては、口座から引き出されなかった六〇〇〇万円と仮名口座等の一七〇〇万円足らずのほか、右自動車を売却した代金一五〇〇万円の合計九二〇〇万円足らずが信用金庫に返還され若しくは返還の申出がなされたのみであり、これらを合わせ考えると被告人両名の本件刑事責任は誠に重大であるというほかはない。
二 次に、各被告人に個別の情状を検討する。
1 まず、被告人Yは、自ら暴力団組織に送り込んだ被告人Xの弟Aをその暴力団組織から救出するという名目で、弟の行動を憂慮していた被告人Xに近づき、結婚をちらつかせるなどして巧みに同被告人の女心につけ込み、弟救出の資金という名下に同被告人の約三四〇万円の預金等を全部解約させてこれを貢がせたうえ、その預金等も底をつくと、今度は暴行脅迫を用いて同被告人の恐怖心を煽るなど、硬軟様々な方法を取り混ぜて、それまで真面目で有能な信用金庫職員として勤務していた被告人Xを実に巧みに本件犯罪に引き込んだものであり、その犯行動機も、地道な正業により生計を立てることを嫌って犯罪により安易に大金を得ようとしたもので、短絡的かつ自己中心的であって酌量の余地は全くなく、また、被告人Yは、不正振込を受けた口座をすべて掌握し、九億一〇〇〇万円を現実に引き出したのも同被告人であり、その費消状況の内訳としては、ギャンブル等の使途不明金約二億五〇〇〇万円のほか、裏付けがなされたものは、事業資金として約二億三〇〇〇万円、飲食費等として約一億五〇〇〇万円、女性との交際費として約七〇〇〇万円、自動車購入資金として約七〇〇〇万円、その他の個人的消費として約五〇〇〇万円ということであるが、このうちの事業資金は、事業といってもほとんどその場の思い付き程度の成算の乏しいものばかりであり、結局は大金を湯水のごとくに使い捨てたに等しいものであり、被告人Xに対しては、不正取得金のうちから約二五〇万円相当の指輪等を購入して贈与したに過ぎず、そのほとんどを被告人Yが一人で費消してその利益を得ているのであって、同被告人は本件犯行において終始主導的役割を果していることが認められ、同被告人は、詐欺罪の累犯前科を含む前科一一犯を有し、暴力団構成員と親密な交友関係を有するなどその素行が芳しくないことを考え合わせるとその本件刑事責任はとりわけ重いというべきである。
したがって、前記の被害者側の落ち度、被害弁償状況や同被告人が当公判廷において反省している旨を供述していることなど同被告人にとって有利に斟酌すべき事情を最大限に考慮しても、刑事責任の重大さに鑑みれば、被告人Yについて主文掲記の量刑はやむを得ないと思料する。
2 次に、被告人Xは、青梅信用金庫において、長年内国為替業務を担当し、部内で最も同業務に精通し、上司や部下からの信頼も厚かったと認められるところ、この信頼を逆手に取り、形骸化していたオンラインシステムの監査制度の盲点を巧みに衝き、本件犯行の手口を思い付き、これを実行し、犯行発覚を防ぐ架空伝票操作等を行っていたもので、本件犯行は同被告人の存在なくしては発生し得ず、本件犯行において同被告人の果した役割は重大である。そして、このような犯罪の遂行が可能な状況に同被告人を置いた同信用金庫の人事体制や形骸化した監査体制が、本件被害の拡大に影響していることは既に指摘したとおりであるが、その点を考慮に入れても、信用金庫や上司の信頼を裏切り長期間継続して本件犯行を行った同被告人の刑事責任は非常に重いというべきである。
しかし、同被告人は、自らが進んで利益を得ようと本件犯行に及んだものではなく、前記のとおり、硬軟取り混ぜた被告人Yの働き掛けによって、本件犯行を犯すはめに追い込まれたものと認められ、同被告人が被告人Yに利用されたという側面が強く、不正振込金もすべて被告人Yが掌握し、被告人Xが現実に直接手にした現金はほとんどなく、同被告人が本件犯行によって得た利益といえば被告人Yから二五〇万円相当の指輪等の贈与を受けたのみで、他はすべて被告人Yが一人で費消したものであり、これらの事情は被告人Xの本件刑事責任を論じるうえで、被告人Yのそれと対比し考慮すべきものと考えられる。
その他、被告人Xは、これまで前科前歴が全くなく、真面目に信用金庫職員として稼働してきたこと、同被告人は、本件が発覚するや素直に己の犯行のすべてを認め、資料を提供するなどして事案の解明に協力し、当公判廷においても反省の情を示していること、同被告人の父親がその所有する土地建物を売却して、その中から甚だ僅少ではあるが同被告人の利得分として二五〇万五〇〇〇円を被害弁償の一部として青梅信用金庫に提供することを申し出ていることなど同被告人にとって有利に斟酌すべき事情も認められる。
そこで、これらの情状を総合勘案した結果、被告人Xについて主文掲記の量刑をした次第である。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 長崎裕次 裁判官 山本武久 裁判官 成川洋司)